貴社が産業医選びで後悔しないよう、産業医の職務・職責をメインに解説します
1. 産業医の選任義務規定と産業医の職務
産業医の選任義務規定と産業医の職務については労働安全衛生法13条で次のように規定されています。
お忙しい方は、赤の太字だけでも目で追っていただければ、ニュアンスが掴めるかと存じます。
1. 事業者は、政令で定める規模の事業場ごとに、厚生労働省令で定めるところにより、医師のうちから産業医を選任し、その者に労働者の健康管理その他の厚生労働省令で定める事項(以下「労働者の健康管理等」という。)を行わせなければならない。
2. 産業医は、労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識について厚生労働省令で定める要件を備えた者でなければならない。
3. 産業医は、労働者の健康を確保するため必要があると認めるときは、事業者に対し、労働者の健康管理等について必要な勧告をすることができる。
4. 事業者は、前項の勧告を受けたときは、これを尊重しなければならない。
1項の政令で定める規模の事業場とは常時五十人以上の労働者を使用する事業場であり、非正規労働者も含まれます。
産業医の職務は労働者の健康管理その他の厚生労働省令で定める事項については、労働安全衛生規則第十四条で以下のように規定されています。
法第十三条第一項 の厚生労働省令で定める事項は、次の事項で医学に関する専門的知識を必要とするものとする。
一. 健康診断の実施及びその結果に基づく労働者の健康を保持するための措置に関すること。 ⇦ 「健康管理」
二 .法第六十六条の八第一項に規定する面接指導及び法第六十六条の九に規定する必要な措置の実施並びにこれらの結果に基づく労働者の健康を保持するための措置に関すること。 ⇦ 「健康管理」
三. 法第六十六条の十第一項に規定する心理的な負担の程度を把握するための検査の実施並びに同条第三項に規定する面接指導の実施及びその結果に基づく労働者の健康を保持するための措置に関すること。 ⇦ 「健康管理」
四. 作業環境の維持管理に関すること。 ⇦ 「作業環境管理」
五 作業の管理に関すること。 ⇦ 「作業管理」
六 前各号に掲げるもののほか、労働者の健康管理に関すること。 ⇦ 「健康管理」
七 健康教育、健康相談その他労働者の健康の保持増進を図るための措置に関すること。 ⇦ 「健康管理」
八 衛生教育に関すること。 ⇦ 労働衛生3管理のための「労働衛生教育」
九 労働者の健康障害の原因の調査及び再発防止のための措置に関すること ⇦ 労働衛生3管理全般
労働衛生3管理「作業環境管理、作業管理、健康管理」については、厚労省の職場の安全サイト
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/information/kyozaishiryo.html
などに解説が載っていますが、ざっくりと説明しますと、
作業環境管理とは、
労働者の健康に悪影響を及ぼす作業環境中の有害因子(空気中を舞っている化学物質や粉じん、暑さや寒さ、騒音、照度など)を把握して、健康に悪影響を及ぼさないレベルまで有害因子を低減するための措置を講じる管理のことです。
作業管理とは、
作業環境中の有害因子に暴露しないように適切な保護具を選定し着用することや有害因子への暴露や作業負荷を軽減するような作業方法を改善することを目指す管理のことです。腰痛を起こさないような作業姿勢改善も作業管理になります。
健康管理とは、
定期健康診断を実施することで、健康を維持するためのセルフケアや企業内産業保健スタッフによる生活指導に役立てること、たとえ健康診断で異常が発見されたとしても、早期に生活指導や治療を開始することで、病状の進行や悪化を防ぎ、仕事を継続できるまで健康を回復することを目指す管理です。
産業医には、健康管理だけでなく、作業環境管理、産業管理、労働衛生教育についての見識も求められています。
2. 産業医の資格
産業医となることができる要件は、労働安全衛生法14条2項で以下のように定められています。
2 法第十三条第二項 の厚生労働省令で定める要件を備えた者は、次のとおりとする。
一 法第十三条第一項 に規定する労働者の健康管理等(以下「労働者の健康管理等」という。)を行うのに必要な医学に関する知識についての研修であつて厚生労働大臣の指
定する者(法人に限る。)が行うものを修了した者 ⇦ 日本医師会認定産業医
二 産業医の養成等を行うことを目的とする医学の正規の課程を設置している産業医科大学その他の大学であつて厚生労働大臣が指定するものにおいて当該課程を修めて卒業した者であつて、その大学が行う実習を履修したもの ⇦ 産業医科大主催研修会修了者
三 労働衛生コンサルタント試験に合格した者で、その試験の区分が保健衛生であるもの
四 学校教育法 による大学において労働衛生に関する科目を担当する教授、准教授又は講師(常時勤務する者に限る。)の職にあり、又はあつた者
五 前各号に掲げる者のほか、厚生労働大臣が定める者
第14条第2項第一号の産業医資格は、日本医師会の認定産業医講習会を必要単位受講したものが取得できる資格です。
基礎研修50単位(1時間の受講で1単位)を取得すれば、無試験で日本医師会認定産業医になれますし、その後も5年以内に生涯研修20単位(1時間の受講で1単位)の講習会を受講し日本医師会に申請さえすれば、日本医師会認定産業医を更新することができます。
産業医のほとんどは日本医師会認定産業医です。
第14条第2項の産業医資格の中で、国家資格であるものは、労働衛生コンサルタント(保健衛生)だけで、日本医師会認定産業医資格は持っている医者が受験しても合格率は3割程度です。
労働衛生コンサルタント試験を受けようとするだけでも、志が高いというのが残念ですが実状です。
労働衛生コンサルタント試験では、産業医の実務経験が重要視されると共に、労働衛生管理についての具体的な対応、リスクマネジメント導入方法等々について正確な理解が試されます。私が受けた時の口述試験では、どのようなことに留意して産業医を行っているか具体例を示しながら説明することが求められ、溶接ヒューム、労働衛生マネジメントシステムに関することや労働基準監督官が査察に入ってきたときの対応についても聞かれました。
3. 産業医の職責
健康障害が、作業環境に起因するか分析・解析し、作業環境改善、作業方法改善につなげていくことが、求められているのが健康管理です。
健康障害を引きおこすリスクを低減するため対策を立てるべき優先順位は、作業環境管理 > 作業管理 > 健康管理
であり、作業環境管理や作業管理を理解していなければ適切な健康管理は出来ません。
健康診断の事後措置やメンタル不調者面談だけしていても、産業医の職責を果たしたことにはなりません。
メンタル不調すなわちメンタルの「健康障害」も、人間関係を含めた作業環境や作業負荷が原因である場合が少なくなく、知り合いのメンタルクリニックに紹介状を書き、薬物治療を開始するだけでは解決されないケースが多く、このことは多くの企業が「メンタル対応専門産業医」を求め、選任しても、職場のメンタル不調者が減るどころか増えていることを見ても明らかでしょう。
「メンタル対応専門産業医」を選任してもなぜメンタル不調者が減らないかについて、精神科で医者をしていた時の経験と産業医としてメンタル不調に陥った社員の方々とコミュニケーションを続け、回復につなげることができた経験から別途ご説明いたします。
これまで労働衛生管理については、国が定めた規則を守ってさえいれば、お咎めなしで済みましたが、化学物質の自律的管理への移行(2023年4月より会社規模に関わらず全業種が対象)を皮切りに、さまざま領域における自律的管理が求められることになり、自律的管理に取り組んでおらず労働災害を引き起こした企業に対しては、罰則の適用が厳格化されるのではないかと考えています。労働基準法、労働安全衛生法で問われる責任は、刑事上の責任ですので、罰金であっても前科がつきます。詳しくは別途ご説明いたします。
実務経験があり、ちゃんと勉強している産業医、できれば労働衛生コンサルタント資格を持った産業医を選任することをお勧めします。「ちゃんと勉強している」かについては、労働衛生管理について具体的な対策を説明でき、労基署が査察に入ってきたときの対応についても答えることができることが最低ラインです。
「統括産業医」であると自称することは自由ですが、「統括産業医」という公的資格はありません。